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寺院墓地

靖国寺(やすくにでら)【納骨墓 瑞風】
住所:京都府宇治市宇治金井戸7-14
最寄り駅:京阪電車 宇治線『宇治駅』下車。タクシーで約10分。 近鉄電車 京都線『小倉駅』、又は『大久保駅』下車。京阪宇治バスに乗り換え『宇治駅』下車。タクシーで10分。 (小倉駅、大久保駅より直接タクシーの場合は約20分) JR JR京都駅で奈良線に乗り換え『宇治駅』下車。タクシー約10分。
一区画あたり料金:

【一部屋】  一霊目  49万8千円

       二霊目~四霊目  各10万円

 

【靖国寺の歴史】

当寺は、靖国神社に対して全国の戦没英霊を仏式に合祀する日本唯一の寺です。

昭和4年、建立者中井祖門師が当時の首相、田中義一氏と熟議し、賛同を得て発願されました。昭和16年より全国を托鉢勧募した浄財で用材を購入、本堂建立に着手。各地の信徒の多大なる寄進により、昭和18年11月には入佛式を修行、昭和24年4月に勤皇山靖國寺として落慶しました。

創建以来、戦没者の遺骨、無縁の英霊が全国各地より奉安置され、昭和26年には靖国神社より二百四十万余りの御分霊をお迎えしてお祀りしています。

御開山には永平寺の71世貫首(曹洞宗管長)高階瓏仙禅師を迎え、永平寺御直末寺院となりました。
建立発願者の中井祖門禅師は、三世開創となっております。
昭和63年より山号を鳳翔山と改めました。

平成十九年には、御縁によりミャンマー国より伝承された、仏舎利(お釈迦様の御遺骨)をお祀りする仏舎利塔が完成し、新たな拠り所となっております。

法界寺(ほうかいじ) 【納骨墓 法縁】
住所:大阪府大阪市北区兎我野町15-2
最寄り駅:大阪谷町線 東梅田駅 260m 阪神本線 梅田駅 520m JR東西線 北新地駅 530m 大阪御堂筋線 梅田駅 570m
一区画あたり料金:

【一部屋】  一霊目 50万~60万円

       二霊目~四霊目  各5万円

 

【法界寺の歴史】

法界寺は文禄2年(1593)欣西法師により天満寺町に建立された浄土宗のお寺です。

当時の大阪は大阪城を中心とした市街地整備が行われ戦略上の都合により六ヶ所の寺町が作られました。法界寺もその時に県立されたと考えられます。

しかし、昭和20年6月太平洋戦争の戦火を被り諸堂すべてを灰煙に帰し、昭和39年5月現在の堂不宇に復興致しました。

江戸時代には近松門左衛門の『曾根崎心中』

「三十三ヶ所観音巡り」の一節に “あだのりんきや法界寺“ と詠まれており

「法界りんき」と言う言葉の語源になったと言われております。

都会の中心にあるお寺ですが、山門をくぐれば静かに落ち着いてお参りができます。

長い歴史と交通の便利さを兼ね備えたお寺でございます。

 

大聖寺(だいしょうじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:兵庫県明石市上ノ丸1丁目18-18
最寄り駅:JR神戸線 明石駅から徒歩7分
一区画あたり料金:

【一部屋】 75万円

大聖寺の歴史

文安3年(1446)10月創立開基・大覚妙実上人(大覚大僧正)開山・大要院日恵上人。大聖寺は明治まで、揖保郡室津というところにありました。室町時代、その室津の港に寄港した大覚大僧正は、海難被害者の慰霊と祈願のために「法華堂」を建立し、それが基盤となり岡山県大覚寺より来た開山日恵上人が寺として創立したのです。

福王寺(ふくおうじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:京都府京都市山科区西野山桜ノ馬場町126
最寄り駅:京都市営地下鉄東西線 御陵駅から1.2km
一区画あたり料金:

【一部屋】  49万8千円

 

【福王寺の歴史】

 阪神高速山科ICを降りてすぐの立地に建つ福王寺は開山年は不明だが、江戸時代播州赤穂潘家老の大石内蔵之助が陰住の地としてこの寺を使用していた。当時は主君仇討ちの為、密会の場としていた事もあり、陰し戸等、忍者屋敷の様であったという。その後、戦災で本堂は焼失、再建された本堂には、大石内蔵之助直筆の当時に住んでいたという事を証明する書物や着物等が残されている。

明正寺(みょうしょうじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:大阪府大阪市西淀川区佃2-7-3
最寄り駅:阪神本線『千船駅』より徒歩6分 JR東西線『御幣島駅』より徒歩15分 阪神本線『杭瀬駅』より徒歩17分
一区画あたり料金:

【一部屋】

 お一人目   60万円

 お二人目   20万円

 その後は   10万円

【明正寺の歴史】

明正寺は、大阪市西淀川区にある浄土真宗本願寺派のお寺です。本尊は、 阿弥陀如来です。

永祐寺(えいゆうじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:兵庫県丹波市春日町東中1569
最寄り駅:JR福知山線(篠山口~福知山) 黒井駅から5.7km
一区画あたり料金:

【一部屋】 49万8千円

【永祐寺の歴史】

永祐寺の起源は、天智年間法道仙人により開創されたという寺伝があり、明暦2年神池寺の高僧智空法印によって中興されている。今の山号は富貴山だが、そのころは妙徳院永祐寺といい、「池の堀」と呼ぶところにあったが、元禄年代に火災に遭い、享保3年に現在の所に移ったのである。県道から二町あまり参道を登りつめた高地にあって、諸堂配石ととのい、うしろ三尾山の峻嶺が絵のようにそびえ、寺からの眺望また絶佳である。ご本尊は阿弥陀如来で、一度参拝された方は感応道交して、無上の佛果を得る事疑いなし。また、本堂両翼の彫刻「雁と鶴」は柏原の名工中井権正貞の刻んだものだが代表作と言って良いだろう。

蓮花寺(れんげじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:兵庫県加古郡播磨町北本荘7-1-33
最寄り駅:山陽電鉄本線 別府駅から1.1km
一区画あたり料金:

【一部屋】49万8千円

【蓮花寺の歴史】

 当山の開基伝承は高祖弘法大師空海がこの地に来た時、不思議な事に空より蓮花が 降り来たり、眩い光を放って阿弥陀如来がお表れになりました。そのお姿を元に 尊像を彫刻し寺を建立、蓮華寺と名付けられました。 また、新聞の父ともいわれる ジョセフ彦が両親の墓代をとむらう為に建てた墓には英文が刻まれており、俗に 横文字の墓と呼ばれている。

蟠龍寺(ばんりゅうじ)「納骨墓 共生」
住所:大阪府大阪市北区野崎町4-1
最寄り駅:大阪メトロ堺筋線 「南森町駅}より徒歩10分 大阪メトロ堺筋線 「扇町駅」より徒歩11分 JR東西線/JR片町線〔学研都市線〕/JR福知山線「大阪天満宮駅」より徒歩12分
一区画あたり料金:

【一部屋】 70万円(四霊まで納骨できます)

 

【蟠龍寺の歴史】

慶長13年(1608)念誉順応上人が創建した。天保5年(1834)類焼により伽藍を焼失する。嘉永2年(1849)に再建。当時は観音堂を有した。昭和20年(1945)大阪大空襲に際して類焼を防ぐために本堂等すべての堂宇の取り壊しを余儀なくされた。昭和41年(1966)本堂・庫裏を再建する。都心になじむ瀟洒な外観の近代建築は、今日なお斬新な印象を与えつづける。創建時は長福寺と号したが、享保年間(1716~1735)以降、現在の寺号を呼称するようになったと推測される。

法性寺(ほうしょうじ)納骨墓(のうこつぼ)
住所:兵庫県伊丹市中野西1-53
最寄り駅:阪急伊丹駅 から徒歩36分 JR中山寺駅 から徒歩37分
一区画あたり料金:

【一部屋】(四霊まで納骨可能)

 一霊目 49万8千円

 二、三、四霊目  10万円

 

【法性寺の歴史】

開山は壇蓮社宝誉上人。宝誉上人の位牌に天正15年(1587)寂とあるため、天正年間(1573~92)に摂津国川辺郡中村石塚に、法性寺という寺名で建立されたと思われる。
その後、火災により寺はもとより村全体が灰燼に帰し、寺および村の記録は全て消失してしまった。
八世恢誉上人は寺の復旧につとめ、元禄12年(1699)本堂が再建された。
以後、村を中心に豊中・伊丹方面の念仏信仰の道場として昭和の時代に及んだ。

大阪国際空港の第三次拡張計画により、中村はすべて飛行場用地に接収され、昭和39年(1964)に解村した。
法性寺も現在地に移転し、昭和40年(1965)鉄筋コンクリート造りの本堂が完成し現在に至る。

本尊は阿弥陀如来立像、両脇に観音菩薩、勢至菩薩の立像が祀られている。
他に誕生釈迦仏立像、両大師坐像、地蔵菩薩立像、阿弥陀如来立像・坐像各一躯、聖観音立像が祀られている。

川辺西国観音霊場三十三所めぐり:第二十五番札所

大寶寺(だいほうじ)「納骨墓 無量寿塔」
住所:大阪市天王寺区生玉寺町7-17
最寄り駅:地下鉄「谷町九丁目」「四天王寺前夕陽丘」両駅より徒歩8分 近鉄「大阪上本町」駅より徒歩12分
一区画あたり料金:

【一部屋】

一霊目 49万8千円

二霊目~四霊目まで 角10万円

 

大寶寺の歴史

当山は、無量山阿弥陀院大寶寺と号します。鎌倉時代に法然上人によって開かれ京都・知恩院を総本山とする「浄土宗」に属し、「南無阿弥陀佛」のお念佛のみ教えを現代に伝えております御本尊としてお祀りするのは、安阿弥(快慶)作と伝わる阿弥陀三尊立像です。

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